2008年9月20日土曜日

父とアナログ時計





エチオピア・フィールドだより      

Ethiopia News Letter  http://areainfo.asafas.kyoto-u.ac.jp/efs/    May. 2008[Vol.024]


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■ フィールドたより ■
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「父とアナログ時計」
田中 利和
(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・博士課程)

ラジオから9時の時報が流れる度に、子供のような彼の笑顔が僕の頭の中に浮かんでくる。

僕は、エチオピアの首都アディスアベバから南西に110キロの町ウォリソ近郊の村で農業に関する調査をしている。僕はこの村で、70歳になるBさんに息子として受け入れてもらっている。同じ家屋で寝食をともにさせてもらい、農作業の手伝いをさせてもらいながら調査を進めている。僕は、Bさんに家賃や生活費として毎月決まった金額を渡しているわけではない。Bさんは「色々お互いに教えあえることがあるから、息子としてうけいれたのだよ。お金は重要ではない」といってくれる。

日本に帰国した時、僕を受け入れてくれたBさんに、何か少しでもお礼の気持ちを表すことができないかと思い、プレゼントをもっていこうと思った。僕は、彼に似合いそうなアナログ時計を購入した。そして、Bさんの反応を期待しながら再びエチオピアの調査村に戻った。

Bさんは渡したプレゼントが時計とわかるや否や、僕が想像していた以上に大変喜んでくれ、僕に何度もお礼を言ってくれた。朝から晩まで、四六時中時計を眺めては嬉しそうにしていた。その姿を見ていると僕もとても嬉しくなった。

ある時、嬉しそうに時計を眺めているBさんに「今、何時ですか?」とたずねてみた。しかし彼は、時計を見た後困った顔をして「何時なのだ?」と僕に聞き返す。その夜僕がBさんの息子に話を聞くと、彼は、Bさんは学校教育を受けたことがないし、アナログ時計の読み方も知らないのだろうと言っていた。

翌日、息子と一緒に時計の読み方をBさんに説明する。Bさんは、とても謙虚に僕らの説明を聞いてくれた。単に調査者として現地で学ぶだけでなく、一緒に生活をすることを通してお互いが知っている事を共有する。そしてわかったときのうれしさを共有する。こうやって関係を深めていきたいと思う。

翌日からラジオが時報を伝えるたびに、時計の読み方を覚えたBさんは今まで以上にうれしそうに時計を眺め、僕に「今9時だ」と笑顔で話しかけてくれるのである。