2021年3月24日水曜日

毎日新聞に掲載していただいた記事

 毎日新聞 2021年3月15日 夕刊4面 東京本社 このごろ通信 川瀬慈(映像人類学者)

牛の聴力

エチオピア高原北部の農村では、雨季にあたる6月から7月にかけて、人々は畑を耕すのに忙しい。現地では、2頭の牛に木製の犂をひかせるという在来の牛耕農法が一般的である。裸足で土を踏みしめ、片手には鞭、もう片方の手で犂の柄を握りしめる。そうして人々はこちらがみとれるぐらい器用に牛をあやつり、力強く畑を耕していく。私自身、農村でのフィールドワークの最中に、牛犂を幾度か試みたことがあるが、まったく歯がたたない。深い泥に足を絡めとられてまともに前進できず、強靭な牛たちに引きずりまわされジグザク走行となり、農村の子供たちの笑いのネタになるのである。

 ところで、牛を使って畑を耕す人々の姿を観察していると、あるおもしろいことに気づかされる。それは鞭の使い方である。鞭といえば、動物の背中や尻に打ちつけ、人が一方的に動物を操る姿を我々は想像するかもしれない。しかしながら耕作者が鞭で牛の背中を打つことは少ない。鞭は空気中でピシリと鳴らされる。これがまたとてつもなく大きな音で、高原の遠方まで響き渡る。この音を聴いて牛は速度や方向を変えるのであろう、と私は漠然と考え、牛の聴力とははたしてどのようなものなのか思いを巡らせてきた。  そのようななか、耕作時の牛と人の関係について、エチオピア研究の同僚で、龍谷大学教員の田中利和さんにたずねてみた。田中さんはエチオピアの牛耕についての研究の専門家であり、現地の農村においてエチオピア産地下足袋(エチオタビ)をひろめるプロジェクトを行ってきた。牛犂の実践者でもある彼は、畑の耕し方を牛たちから教わってきたという。彼によれば、人々は鞭を打ち鳴らすだけではなく、犂の柄を持つ手の微妙な動きや掛け声を通して牛を操作するのだそうだ。さらに、牛は聴覚のみならず、その五感を通して人の気配や意思を察し、行動しているとのこと。次回牛犂を手伝う際は、牛と人が感覚的に交流し、対話する奥ゆかしい世界により深く踏み込んでみたいものである。


https://mainichi.jp/articles/20210315/dde/014/070/002000c






2021年3月11日木曜日

朝日新聞に掲載していただいた記事

朝日新聞2020年12月17日 夕刊2ページ 大阪本社 テーブルトーク   

エチオピアで地下足袋の活用を探る龍谷大学准教授(38)  

 裸足で農作業をするエチオピア人の足を守るため、日本の地下足袋に目を付けた。現地に地下足袋の製法を伝え、エチオピア人が製造・販売する。その流れを調査するアフリカ地域研究者だ。 
 東京出身。京大大学院のとき農業の研究でエチオピアを訪れた。未舗装の道が続くため重機は入れず、牛耕が一般的で、土は粘性が強く長靴は役に立たなかった。帰国して再びエチオピアに渡る際、地下足袋を持参した。すると「その履物をよこせ」「俺も足が痛い」との声が相次いだ。「自分の足元に研究のネタがあることに気づいた」  
 老舗の地下足袋メーカー「丸五」(岡山県倉敷市)の協力を得て現地の職人が牛や羊の革を素材に試作品を重ね、2018年に200足を作成。価格を下げるため布製にしたり、縫い方を工夫するなど試行錯誤が続く。  
 別の研究者が歩行の様子を測定するため地下足袋にセンサーを埋め込むなど共同研究の輪も広がる。「研究者として育ててくれたエチオピアに恩返しがしたい」(河野通高)