2015年5月21日木曜日

エチオピア中央高原における持続型生存基盤としての犁農耕の可能性ーテフ−ウシ−人関係に着目してー

JANES ニュースレター No.22 pp53-56

第23回学術大会最優秀発表賞

図や写真を含めたオリジナルは下記よりご覧になれます

http://www.janestudies.org/drupal-jp/sites/default/files/JANES22_Tanaka.pdf


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1.     はじめに
Werth(1954)によるとインド北西部で起源したと推測される犁はアラビア半島を経由して、エチオピア高原の北部から中部にわたる地域(現在のティグライ州およびアムハラ州)へ到達した。その歴史は「紀元前1000年前」(Aune et al. 2006 :311)と考えられており、その起源は「テフの播種床の整地が起源」(McCann 1995: 298)と推測され、今日でも主要な耕起手段として同国において幅広く実践されている。テフ(Eragrostis tef)とはエチオピア高原を原産地とする、草丈2090cmのイネ科の一年草で、古くからエチオピア高原の全域で栽培されている作物である。耐乾性に優れ、9から12週間で収穫でき、1ヘクタールあたり270㎏から800㎏の種子の収穫が期待できる。人びとは収穫したテフの種子を粉にし、水でとき3日ほど発酵させ、直径50センチほどの薄い円盤状に焼きあげる。これはインジェラとよばれ、エチオピアの広い地域で主食とされている。

エチオピアの牛耕に関しては、農学や畜産学、農業工学の手法を複合的に用いて分析する研究(例えばGoe 1987)や犁と作用する土の関係を分析する研究(例えば、Solomon et al. 2006; Melesse et al. 1999; Mouazen 2007など)がこれまでにとりくまれてきた。以上の研究は牛耕を構成する各要素の技術的側面からの検討をおこなってきた点では評価できる。しかし、環境や社会要因などの側面を含めた分析や、犁耕をおこなっている人びとが抱える諸問題や、その対応についての検討が不足していた。アンケートや聞き取り調査、統計局などのデータに基づいた農村開発学の分野では、牛耕を実践する農民が抱える課題として、①人口圧による草地の減少や、乾季あけで牛耕開始時期に不足する「家畜飼料の確保」、②トラクターと比較した際の「低い作業効率」、③畜力へのアクセスをもたない「ウシなし農民」の存在という大別して主に3点が問題であると指摘されてきた。そして、それらの諸課題に対処するために、代替畜力、不耕起栽培法の技術 (例えばAune et al. 2001; Cochet 2011; Melaku 2011 など) などを駆使して、慢性的に不足する犁耕力を供給する術を開発しなくてはならないと主張されてきた。しかし、以上の研究では、実際に農民が、ウシを農業システムの一部として利用し、どのように農業生産活動をおこなっているかなど、農業システムを構成する、作物、家畜、人といった諸要素とその関係性を包括的に分析する視点が欠けていたといえよう。また農民自身が抱える諸課題に対してどのような戦略をもって対応を試みているのか、実証的データに基づいた分析が十分になされてこなかった。

本発表では牛耕を構成する各要素とその関係性に焦点をあてて、それらを社会、生態、文化の複合としてあらわれる総合的な実践と捉え、牛耕の現代的課題であると指摘される①「家畜飼料の確保」と②「低い作業効率」の2つの課題について再検討し、アフリカにおける持続型生存基盤としての在来犁農耕の可能性について考察する。

2.     調査の概要
調査はオロミヤ州、南西ショワ県、ウォリソ郡、ディレディラティ村、ガーグレ地区でおこなった。ガーグレ地区はエチオピア中央高原に位置する、標高1960mから2000mの平らな高原で、年平均1125mmの降水量を享受する地域である。この地域の土地の73%が農地、草地が15%、森が7%、未利用地が5%であることから窺い知ることができるように、この地域に居住するオロモの人びとは、家畜の飼養と農業を有機的に結合した有畜農業を営んでいる。調査地には4月から5月にかけての小雨季と6月から9月にかけての大雨季があり、人びとは5月の中旬から8月にかけて、トウモロコシ、ソルガム、コムギ、テフの栽培植物の播種床を整えるために牛耕を行う。本発表で扱うデータの多くは20078月から20133月の間に行った5回の調査(合計21ヶ月間)で得たものである。

3.     テフの栽培・利用とウシの飼料確保の検討
6世帯の農地の利用割合について分析をした結果、世帯の所有面積の大小、去勢牛の有無にかかわらず、どの世帯でも犁耕畑の割合が72%以上と掘棒を用いて耕す畑に比べてもっとも高くなっていた。ウシを持たない3世帯でも犁を必要とする畑の割合が一番高くなっていた。6世帯の犁耕畑の作付品目別の面積割合を調べた結果、犁耕畑の面積の広さ、ウシの有無に関わらず、どの世帯でもテフの作付面積の割合が50%以上で最も高いことがわかった。 

その6世帯のうち犁耕畑を194a、去勢牛を4頭保有する世帯No.1の主食の材料に着目して食事調査をおこなった。その結果、テフとソルガムを材料としたインジェラの出現頻度の割合が8月を除き、45%から85%と高いことがわかった。これらの作物は、おもに犁耕畑で生産されており、そのなかでもテフは調査地域の人びとの主食を担う重要な役割を果たしていることがあきらかとなった。

次に、テフ栽培から得られる飼料の量と給餌方法をあきらかにした。世帯No.1では牛耕期に、テフの作物体から脱穀した際にでる、稈を乾重量にしておよそ4㎏各去勢牛に給餌していた。適正な給餌量を算出するのに用いられる畜産学の飼料計算をおこなったところ、粗蛋白質、可消化養分総量、乾物摂取ともに、充足率を100%以上満たしていることがわかった。その結果から去勢牛への給餌量は適切な量であると評価することができた。テフは畑を耕す去勢牛にとっても必要不可欠であることがわかった。

また1年を通してテフ栽培から得られる飼料の量を農事暦と関連づけて検討した。2011年、去勢牛4頭2組、犁耕畑面積194aをもつ世帯No.1を例に検討した。8月に合計109aの耕起しおえた犁耕畑に78kg播種されたテフの種子は、11月に3000kgの作物体として収穫された。翌年の20122月に、テフの作物体を脱穀し、600kgの種子が得られた。種子の重量を作物体から差し引いた、テフ稈は2400kgと推定でき、その量は、種子の4倍の量に相当した。世帯No.1は、5月に、ウシの飼料として各去勢牛4頭に、毎朝1時間ほど、4キロずつ給餌していた。調査地域では乾季のはじめに、テフの稈が約150日分、つまり次の1年の犁耕期間を乗り越えられる量の飼料がすでに確保されていることがわかった。

犁耕畑で育つテフは、人びとに主食のインジェラの材料となる、テフの種子を供給するのみでなく、稈は去勢牛の優秀な飼料として利用されていた。つまりテフの栽培と家畜の飼養が有機的に結合して循環していると考えることができた。

4.     牛耕の作業効率の検討
牛耕の作業効率を算出するために、42組で牛耕をおこなった42の事例を分析した。その結果、平均犁耕時間は262分で、1日の犁耕面積の代表値は26.71aであった。この作業効率を地域の諸条件に即して評価するために、3世帯を対象に、犁耕期間と地域特有の休日などの条件をふまえて、作業効率、犁耕可能日数、犁耕畑面積の関係を定量的に分析した。その結果、ウシを所有する世帯は、人びとが語る適切とされる播種期間内に世帯が所有する犁耕畑を十分に耕しきれており、かつ余剰の犁耕力を有する作業効率であることがあきらかとなった。また地域の総畜力と総農地面積の関係を分析した結果、調査地では牛耕の作業効率で十分に地域全体の犁耕畑は耕しきれていることがわかった。
 
5.     まとめと結論
上記の分析の結果、調査地域の牛耕には、①家畜飼料の確保、②牛耕の「低い作業効率」といった農民が抱えるとされる一般的課題に対応できる能力が存在しており、人びとの主食を支える栽培植物が育つ畑の「耕起」を持続的に担う仕組みとして優秀であると評価できた。エチオピア中央高原にはテフの栽培とウシの飼養と人などの諸要素が有機的に連関した持続型生存基盤としての犁農耕が実践されていた。


参考文献
Aune, J.B., Matewos, T.B., Fenta, G.A., and Abyie, A. A. (2001). The ox ploughing system in Ethiopia: can it be sustained? Outlook on Agriculture 30(4): 275-280.
Aune, J.B., Asrat, R., Teklehaimanot, D. A., and Bune, B. T. (2006). Zero tillage or reduced tillage: the key to intensification of the crop-livestock system in Ethiopia. Strategies for sustainable land management in the East Africa Highlands. Pender, J., Place, F., Ehui, S. eds. 309-318. 
Cochet,H.(2011). A new perspective on animal traction in Ethiopian agriculture. ITYOPIS 1: 127-143.
Goe,M.R.(1987). Animal Traction on Smallholder farms in the Ethiopian Highlands. 380pp. Ph.D thesis Cornell University.
McCann, J. C. (1995).  People of the Plow –An Agricultural History of Ethiopia, 1800 – 1990.  The University of Wisconsin Press.
Melaku, T. (2011). Oxenization versus tractorization: options and constraints for Ethiopian farming system. International Journal of Sustainable Agriculture 3(1): 11-20.
Melesse, T. (1999). Animal drawn implements for improved cultivation in Ethiopia: participatory development and testing. Empowering Farmers with Animal Traction: Proceedings of the Workshop of the Animal Traction Network for Eastern and Southern Africa (ATNESA), held 20-24 September 1999, Mpumalanga, South Africa. Ed. Starkey, P., Mwenya, E. and Stares, J.
Mouazen,A.M., S. Smolders, F. Meresa, S. Gebregziabher,J.Nyssen, H. Verplancke, J.Deckers, H.Ramon, J. De Baerdemaeker (2007). Improving animal drawn tillage system in Ethiopian highlands. Soil and Tillage Research 95(1-2): 218-230.
Solomon, G., Abdul M, Mouaze, H. Van, B, Herman, R. Jan, N., Hubert V., Mintesinot B., Jozef D., Josse D. B. (2006). Animal drawn tillage, the Ethiopian ard plough, maresha: a review. Soil and Tillage Research 89: 129-143.
Werth,E. (1954). Grabstock, Hacke und Pflug. Ludwigsburg, Germany. (ヴェルト(1968)『農業文化の起源―掘棒と鍬と犁―』 藪内芳彦、飯沼二郎訳 岩波書店 東京 605ページ)